文・写真:しみずことみ
会場:長池公園
主催:高齢者あんしん相談センター南大沢
受講日:2025年12月6日(金)13:30〜15:30
冬へと向かう森には、静けさの中に澄んだ緊張のようなものがあります。
落ち葉の下に隠れた芽の気配や、枝先に残った実の名残り。
そこにそっと目を向けてみると、季節の深まりとともに植物たちの“工夫”が姿をあらわしていきます。
過去の記録とあわせて読んでいただければ、そんな発見を少しずつ積み重ねていく楽しさが伝わるかもしれません。
▶第1回:「近くの森に「生き方」をみる─長池公園で草木ウォッチング」を読む
▶第2回:「初夏の森に、草木のことばを聴く─長池公園で草木ウォッチング」を読む

この日、長池公園で開かれた草木ウォッチングは、そんな小さな変化を、一つずつ拾い上げていくようなひとときでした。
長嶋信子さんの語る「発見したことは身につく」という言葉を胸に、冬の入り口に立つ森に、そっと足を踏み入れます。
はじめに──冬を迎える森で
12月の風が、長池公園の草地を静かに渡っていきます。
紅葉の名残がわずかに揺れ、冬へ向かう森の輪郭がくっきりと見える午後でした。

▲出発前に準備体操を行う参加者
やまざと広場に集まった参加者のまなざしは、どこか柔らかく、静かな期待が漂っています。
その空気の中で、長嶋信子さんがゆっくりと口を開きました。
聞いたことは忘れる
見たことは思い出す
体験したことは理解する
発見したことは身につく——
イギリスのことわざを紹介しながら、長嶋さんは続けます。
だから今日は、どんなちっちゃなことでもいいんです。
一つでいいので、“あ、そうなんだ”と何かを見つけて帰ってください。
最後にその発見を、みんなで少し分かち合えたら嬉しいです。
その言葉に、参加者の表情がふわりとほどけていきました。
歩き始める前の準備体操のように、このひと呼吸が、森に受け入れられる合図のようでした。

木々のかたちを読む──落葉樹と常緑樹の入り口で

▲ほうきを逆さにしたような形の欅(ケヤキ)の木
長嶋さんが少し離れた場所に立つ二本の木を指さして言いました。
「竹箒を逆さにしたみたいな形、見えますね。
あの姿を見て、何の木か分かる人いますか?」
参加者が周りを見合わせていると、
「さあ、声で出しましょう、どんどんね!」
と明るく背中を押すように促します。
「間違ってもいいんですよ。
そのほうが勉強になるの。
だって、ケヤキも分かったし、自分がガマズミと言ったとしたら、ガマズミのことも分かったことになるでしょう?」
間違えることをむしろ歓迎するような調子で、長嶋さんはみんなの声を拾っていきます。
そのやりとりが重なるうちに、参加者の表情がゆるみ、場の空気がふっとあたたかくなっていきました。
欅(ケヤキ)は、春から夏にかけてたっぷり葉を広げ、冬にはすべてを落とす落葉樹。
その枝ぶりを見ていると、季節とともに姿を変えながら生きていることが、静かに伝わってくるようでした。
一方、遠くには緑のままの木々がこんもりとしています。
白樫など、このあたりに多い常緑樹です。
「同じ“緑”でも、一枚の葉っぱが何年も木の上で働いているんですよ」
葉の厚さや質感の違いで、冬をどう越えるかが変わってくる。
長嶋さんの言葉に合わせて、参加者がそっと葉を手に取り、触れ、比べます。

落葉樹は薄くて柔らかい葉を使い捨て、常緑樹は厚くて艶のある葉を長く持ち続ける。
どちらも季節と気候に合わせた“生き方”であり、冬の入口に立って眺めると、その違いがよく見えてきました。
けれど、晩秋から冬へと向かう森を歩いてみると、そのどちらにも当てはまりきらない、少し不思議な姿を見せる木々にも出会います。
蝋梅──花の名残りが残る実のかたち

長嶋さんが手渡してくれた蝋梅(ロウバイ)の実は、手のひらにのせると軽く、表面に小さなでこぼこがあり、上部には角のように見える突起が残っています。
「これ、花びらの跡なんですよ。
こっちは雌しべの跡」
実の表面に残された“痕跡”をたどることで、まだ青々とした葉とは対照的に、花が咲き終わってからの時間の積み重ねが静かに見えてきます。

蝋梅は発芽率が高いにもかかわらず、自生の分布域は中国の限られた地域にしかありません。
「タネの旅を手伝ってくれる“運び手”がいないのかもしれないのね。
それを『パートナーロス』と呼ぶんです」
蝋梅は、真冬のさなかに花を咲かせる“冬の花”。
低い気温でも動くアブや蝿が、その受粉をそっと支えているといいます。
それでもタネの行き先は、もう少し複雑な物語を抱えている──。
かつてタネを運んでいた生きものが姿を消し、いまは旅に出られないのではないか。
そんな“運び手を失ったタネ”としての背景を知ると、手のひらの小さな実が、急に深い時間を宿して見えてきました。
※ タネ(種) :植物学では「種子(しゅし)」と呼ばれます。
オオバヤシャブシ──“お金持ちの木”と呼ばれる理由

大葉夜叉五倍子(オオバヤシャブシ)も、冬とは思えないほど葉が緑を保っていました。
「常緑樹に見えるけど、これも落葉樹なんです」
長嶋さんの言葉に、また小さな驚きが広がります。

なぜ、この木はこんなにも長く緑の葉を残していられるのでしょうか。
その理由は、葉の養分を回収するための色変化(紅葉)を必要としないことにあるのだと、長嶋さんは教えてくれました。
地下では、根に根粒菌と呼ばれる微生物が共生し、自ら養分を得ることができます。
そのため、葉の中の栄養素を分解して回収する必要がなく、緑の色を保ったまま葉を落とすことができるのだそうです。
「だから“お金持ちの木”なのよ」
長嶋さんは、楽しそうに話します。
この性質のおかげで、オオバヤシャブシは荒れ地や斜面、栄養分の少ない土地でもよく育ちます。
そのため、現在でも土壌改良や緑化を目的として、あえてこうした場所に植えられることがあるといいます。
冬に向かう森のなかで、なお緑を残すその姿は、ただ珍しいというだけでなく、土地とともに生きてきた木の“役割”を静かに物語っているようでした。
飛ぶ・はじける・託す──植物たちの散布戦略

▲落葉の頃を迎えた藤棚には、細い莢が風に揺れている
中央園路の手前で、藤棚の下に立ちました。
指先で豆果を軽くひねると、くるりとねじれてパチンと弾けます。

▲はじけてタネを散布し、役目を終えた莢。藤棚の周囲にたくさん落ちている
楓(カエデ)のプロペラは光を受けて、羽のように透けて見えます。
「風を味方につける形ですね」
ひらりと回転しながら落ちていく姿を、みんなでしばらく見送ります。

▲カエデのタネ。翼果(よくか)と呼ばれるプロペラのような形状で、風に乗ってタネを運ぶ

▲真弓(マユミ)の実
真弓(マユミ)の実は、裂け目から赤いタネが顔をのぞかせていました。
鳥たちに見つけてもらうための鮮やかな色。
どの木も、どのタネも、それぞれが自分の行き先を探す工夫をしている。
その必然の形に気づくたび、歩く速さが自然とゆっくりになります。

歩く道が変わって見える──中央園路で感じたこと
長池公園の中央園路を歩いていると、どこか“ただの園路ではない”雰囲気が漂っていることに気づきます。
その理由を教えてくれるように、道沿いのフェンスには一枚の掲示がありました。

そこには、中央園路が古い尾根の道をなぞるように整備されていることが記されています。
南北を走る「常磐道(ときわみち)」との関連、さらに多摩丘陵を貫く古道「多摩よこやまの道」につながる地形の流れ──
いま自分が歩いている場所が、かつて旅の往来や生活の道として使われてきた“時間の通り道”であることが静かに伝わってきます。
植物を眺めながら歩くと、目に映る一本一本が、この土地の歴史のうえに立っていることが、いつもより少しだけはっきりと見えてくるようでした。
長嶋さんに案内してもらった木々の“生き方”を胸に歩く中央園路は、ただの散策路ではなく、土地の記憶がそっと重なって流れていく細長い道のように思えてくるのでした。
足元にひっそりと──マヤランとの出会い

▲落ち葉のそばに咲いていたマヤラン
今日の“ハイライト”は、森の片隅にひっそりと立つマヤランでした。
長嶋さんが足を止め、
「ここに、いますよ」
と静かに指差すと、みんなが一斉に覗き込みます。
葉も根も持たず、光合成もしないラン科植物。
菌との共生だけで生きるという不思議な存在。
その希少性から、各地で絶滅危惧種にも指定されているといいます。
冬の森で、こんなにも小さな命が息づいていること。
それに気づけたことが、今日一日のご褒美のようでした。

▲長嶋さんの声に合わせ、四つの班に分かれて観察する参加者
最後のワーク──水が触れ見えてくるもの

観察会の終盤、長嶋さんがコップを取り出し、アカバナユウゲショウ(赤花夕化粧)の実をそっと水に浸けました。
しばらくすると、水に触れることで、実がひらき、中のタネが姿をあらわします。
「あっ」と小さな声がいくつも上がりました。
雨の日、地面で起きていることを、手のひらの上で再現しているようです。
散布のための工夫。
その小さな知恵に気づくと、森の見え方がまたひとつ変わりました。

▲ルーペをのぞくと小さな変化が、レンズの向こうにあらわれました。
おわりに──森から受け取ったもの

解散する頃には空が淡い夕日に染まりはじめていました。
今日の歩みの中で、木々の枝ぶりや葉のかたち、実の名残りやタネのひそやかな戦略が、ただの“知識”ではなく、自分の中の風景として残っていく感覚がありました。
次にこの道を歩くとき、欅の枝を見上げる目も、落ち葉を拾い上げる手つきも、きっと少し違っているはずです。
次回の草木ウォッチングは、春を迎える3月。
季節の移ろいのなかで、どんな姿に出会えるのか。
その楽しみを胸に、今日の森をあとにしました。

次回の草木ウォッチング開催のお知らせ
今回ご紹介した「草木ウォッチング」は、2026年3月に第4回が開催予定です。
観察する草木も季節によって変化し、新たな発見がきっとあるはず。
ご興味のある方はぜひご参加ください。
■ 第4回 草木ウォッチング
日程:2026年3月
場所:長池公園(東京都八王子市別所2-58)
講師:長嶋信子さん(森林インストラクター東京会)
主催:高齢者あんしん相談センター南大沢(担当:青山さん)
申込:042-678-1880
雨天時:延期予定
