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地域のまつりと祈り

中山白山神社 秋の例大祭──6年ぶりの子ども神輿をたどる|東京都八王子市中山

コロナ禍を経て、白山神社 秋の例大祭と子ども神輿が、6年ぶりに戻ってきました。
のどかな中山の風景のなか、法被姿の子どもたちが、およそ2kmの道のりを練り歩きます。
沿道からは「がんばれ〜」とやさしい声援。
みんなで子どもたちの成長を見守るまなざしが、胸にゆっくりと滲みました。

▲まちの音を背に、祭りの歩みが伸びていく。

祭りのはじまり

鳥居の向こうから、朝の風がすっと降りてきました。
砂利が小さく鳴り、木々の匂いが濃くなります。
見送られた年を越えて、きょうはこの空で始められる。
そんなうれしさと安堵に、何度も空を見上げました。
テントと椅子がまっすぐに並び、拝殿の周りでは総代や氏子、関係者の方々が最終の確認をしています。
紙垂が風に揺れ、境内のどこかで、鈴が合図のように鳴りました。

朝の境内は、人の気配が穏やかで、どこかゆったりとしています。
大きく息を吸うと、木々の匂いと、砂利の湿り気のような匂いが混ざって届きます。
目を凝らすと、石灯籠の影が伸び、夏の光を柔らかく切り分けていました。
久しぶりの祭りの朝は、背筋が伸びる静けさがありました。

子どもたちは、まだ少し眠たそうな顔で境内に集まってきます。
法被の紐を結び直してもらう子、手ぬぐいを首に巻いてもらう子。
拝殿の周りでは、大人たちが段取りをそっと確かめ合いながら、笑いもこぼしていました。
6年ぶり――手探りのところは残りつつも、「ここまで来られたね」という嬉しさが表情ににじみます。
名簿に走るペン先や幕の端を留める指先には、慎重さと期待が半分ずつ。
神輿は参道の下へ運ぶため、すでに軽トラックの荷台に載せられて出発したあとでした。
子どもたちは、互いの法被姿を物珍しそうに、少し恥ずかしそうに、でもどこか誇らしげに見合っては、うちわを振って笑い合い、ただ今日を楽しみにしている顔でした。

表参道の長い石段を下る

列はゆっくりと白山神社の表参道へ向かいます。
由木で最も長いともいわれる急な石段。
立って見下ろすだけで、ひざの裏が少しぞわりとします。

昔は大人たちが神輿を担いで降りたと聞きます。
いまは安全を最優先に、子どもたちが先頭で、一段ずつ確かめるように降りていきます。
手すりを握る掌に汗がにじみ、靴の底が石に当たる小さな音が連なります。
森の葉が擦れ合う音が、足音に重なっていきます。

階段の途中、風がふっと通り抜けました。
高いところから落ちてくる風は、温度が少しだけ違って、どこか澄んでいます。
列はそこで一度足を止め、呼吸を整えます。
前をいく子がこちらを振り返り、目が合うと、ほんの少し口角が上がりました。
小さな合図のように見えました。

新道沿いを歩く

神社の杜を抜けると、列は普段から子どもたちも使う新道沿いへ出ます。
車の往来が多く、間隔に気を配りながら、声の届く距離を確かめつつ進みます。
アスファルトの熱、すれ違う車の音。
足取りのリズムは保ちつつも、注意の気配がうっすらと漂っていました。

この日、主にサポートを担っていたのは中山小学校「おやじの会」とそのOBのみなさんでした。
声をかけ、大団扇で風を送り、視線は常に子どもたちに向いていて、列の後ろから、脇から、前から、必要なときにすっと差し出される手の確かさに安心を覚えました。
要所の交通整理は、地域のボランティアの方々が担っていました。

沿道では、玄関先に出てきた方が「いらっしゃい」「暑いね」と声をかけてくださいます。
小さく手を振る子。目を細めるお年寄り。
再会した景色を、みんなで少しずつ確かめ合っているようでした。

ぴんころ地蔵の前で

道すがら、「中山ぴんころ地蔵」の前を通ります。
黒い石碑に白い文字がくっきりと刻まれ、その奥にはやさしい表情のお地蔵さま。
花立ての小さな花が、 日の光を受けて明るく見えました。

この地にも、江戸の後期に疫病が流行し、多くの命が失われたと伝わります。
願いと祈りが、庚申塔や供養塔、地蔵という形になって、各地に残りました。
ここでも古い像は時を経て朽ち、新たに造立されたお地蔵さまが、いまの暮らしを静かに見守っています。

このあたりでは、お地蔵さまが道のそばにいるのは、ふだんからの景色です。
子どもたちはその前を通っても歩調を変えず、目は小さな神輿と綱の先に向いていました。
そんな子どもたちの姿を、お地蔵さまがやさしく見守っていました。

中山会館でひとやすみ

途中、中山会館で休憩を取りました。
テーブルの上に並ぶジュースやアイス。
発泡スチロールの箱には、冷えたペットボトルが並び、取り出すたびに指先にひやりと水滴が残りました。

子どもたちは、汗で赤くなった頬を手の甲で拭いながら、好きな飲み物を選びます。
キャップをひねる小さな音、椅子が床をこする音、あちこちから小さな笑い声。
窓は締め切られ、エアコンが冷気を送っていますが、室内はなかなか冷えません。
おやじの会の方が大団扇で風を送り、あおぐたびに子どもたちから小さな歓声が上がりました。
風が列を渡って、顔つきが少しずつほどけていきます。

大人たちが「水分を忘れないでね」と声をかけるたび、子どもたちは水筒を持ち上げます。
短い休憩ですが、体も顔つきも目に見えて戻ってきます。
行列は、また歩き出すための静かな準備を整えました。

田畑の間を旧道へ

会館を出ると、遠くにニュータウンの街並みが見えました。
列は住宅地の端を抜け、畑の脇の細い道へ。
赤い綱がまっすぐに伸び、青い法被が風をはらみます。
小さな神輿の鳳凰が陽光を受けて輝き、鈴の音が軽やかに道に残ります。

歩きながら、子どもたちは互いの歩幅に合わせるコツを自然に覚えていきます。
急ぎすぎないこと、綱を張りすぎないこと、声を出すときのタイミング。
目に見えない合図が、いつのまにか共有されていくのがわかります。
列の外から見ていると、一人ひとりの小さな学びが、全体の動きに静かに影響していました。

道は田畑の間を抜ける旧道で、小さな車がやっと通れるほどの小径です。
子どもたちの掛け声と太鼓の音が重なり、小さな神輿はゆっくりと進みます。
土の匂いを感じながら進む道中、小川のそばを通りました。
水は澄んでいて、光の粒が底に揺れ、時おり小さな魚がすっと身を返すのが見えました。

戻り道 再び表参道の階段へ

巡行が終わり、列はふたたび神社の表参道へ。
いよいよ「上り」です。
さきほど降りた石段は、戻ってみるとさらに長く見えます。
合図や号令はなく、それぞれの歩幅で石段を上がっていきます。
ほとんどの子は、まさに“駆け上がる”という表現が似合う勢いで、
暑さと疲れで踏ん張る大人たちのことなど気に留める様子もなく、まっすぐ前だけを見て境内へ戻っていきました。

階段の途中、ひっそりと三基の石碑が並びます。
大正六年の「植樹碑」。碑に刻まれた文字は伸びやかで、地域の人々が力を合わせて苗木を植えた日を静かに伝えています。
もう一つには「武相殉難忠魂碑」とあり、時代を超えて弔いの思いが刻まれています。
石碑の前に立つと、木蔭の温度がほんの少し下がるように感じました。

大人たちは、笑いを交えながら、休み休み上っていきます。
「誰だよ、こんな高いところに神社を造ったやつは」
「タクシー相乗りで上がれないかな」
そんな冗談が、段数を和らげてくれます。
最後は全員、自分の足で上りきりました。
神輿は安全を考慮し、軽トラックで裏手へ運びます。

私自身も、息を切らせながら最後の一段に足をかけました。
境内へ戻ると、おだやかな表情のご高齢の女性が、こちらをまっすぐ見て
「はい、頑張りました。ご苦労さまです」
と声をかけてくださいました。
その一言で、体のどこかに残っていた力みが、すっと解けていくのを感じました。

境内の準備

境内では、午後の奉納演芸に向けて準備が進んでいました。
舞台の幕が張られ、椅子の列がもう一度整えられます。
拝殿の脇では、奉納の名前を書き込む手元がありました。
バンダナを巻いた額、墨の匂い、紙の上に生まれていく線。
筆の運びは迷いがなく、線の太さに呼吸のリズムがそのまま出ているように見えます。

見惚れていると、小さく「よし」と声がして、一枚が完成しました。
白い紙の上で、黒い文字がきゅっと定着していきます。
見事としか言いようがなく、思わず声が漏れました。
祭りの一部は、こうした静かな集中のなかで支えられているのだと、あらためて感じました。

結び

私は別の取材のため、昼過ぎに神社を後にしました。
背後で、準備の音と笑い声が重なり、またどこかで鈴の音が鳴りました。
6年ぶりに行われた秋の例大祭は、地域の人、氏子、そしてこの場所に関わるみんなにとって、待ちわびた一日だったと思います。

祭りという言葉には、どうしても「賑わい」のイメージが先に立ちます。
けれど、この日の印象は、それだけではありませんでした。
歩調を合わせること、風を分け合うこと、声をかけ合うこと。
そうした小さな所作の積み重ねが、地域の時間を静かに灯しているのだと思います。

来年、同じ空の下で、またこの階段を上り下りする子どもたちに会えますように。
石段の上で、今日の声が少しだけ残響になって、明日へ繋がっていくことを願います。


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