文・写真:しみずことみ
ふと立ち止まって見つめた木の幹、葉の形、花のひらき。そんな何気ない自然の中に、精一杯に生きようとする姿が見えてきます。それらにじっくりと向き合うひとときが、長池公園のフィールドで静かに開かれました。

草木の「生き残る戦略」を見る歩み
開催日は2025年4月9日。「近くの自然とふれあう 草木ウォッチング ―その生き残り戦略を探る――」と題したイベントには、高齢者を含めた20名ほどの方々が参加されました。
会場は、今もなお里山の面影をとどめる長池公園。
木道を抜けた先にひらける明るい林、湿地帯のほとりに広がる木立ち。
クヌギやコナラの落ち葉を踏みしめながら歩くと、ヤマザクラの新芽や、アセビの白く可憐な花が視界に入ります。
少し目線を落とせば、スミレやヒメオドリコソウなど、小さな草花も春の空気をまとうように咲いていました。
こうした身近な草木が、いかに環境と向き合いながら生きているのか。
その”知恵”を読み解く時間が、ゆっくりと始まります。
講師を務めてくださったのは、森林インストラクターとして約20年にわたり活動を続けてこられた長嶋信子さん。
柔らかな語り口と深い知識で、歩みを導いてくださいました。

[写真解説]講師の長嶋信子さん。参加者と目線を合わせながらやさしく語る。

[写真解説]熱心に耳を傾ける参加者たち。ひとつひとつの草木に向き合う姿が印象的。
草木を読む、ということ
行程は、この日に合わせたかのようなさわやかな陽光のもと、公園のなかをゆっくりと進みました。
「この葉っぱの、端っこを見てみて」
「これは、じつはすごい戦略なんですよ」
長嶋さんの言葉に導かれて見つめ直した草木の姿は、それまで何気なく見過ごしていた風景を、まるで違ったもののように映し出しました。
たとえば、スミレの花のつくり。
正面から見るだけでは気づかない“距(きょ)”と呼ばれる突起が、実は虫を呼び込む蜜の道しるべになっていること。
あるいは、アセビの花がすべて下向きに咲いているのは、雨を避けるためだけでなく、自らの有毒性を外敵に知らせるサインでもあること。
ほんのり光をまとった葉の色、やさしく光を返す花びら、おしべとめしべの形やつき方。
どれもが、その草木がこの場所で生き抜いていくための工夫にあふれていました。
長嶋さんの言葉は、その“工夫”を「進化の中で選びとってきた暮らし方」として私たちに紹介してくれます。
自然を観察することが、暮らしを考えることに繋がっていく。
そのことを、あらためて感じる時間でした。

[写真解説]おしべとめしべのつくりについて、実物を手に取りながら解説。

[写真解説]それぞれの気づきを共有しながら歩く参加者たち
誰もが「研究者」になれる時間
この日のために用意された植物観察用のサンプルセット。
配布の資料には、当日見られる草木の情報と共に、「花のつくり」「葉の形」「観察のポイント」などがやさしい言葉でまとめられていました。
それを手にした参加者たちは、めしべの形や、うつむき加減で咲く花の姿などに注目しながら、ルーペを片手に丁寧に観察を重ねていました。
まるで草花の研究者になったかのような、真剣なまなざしが印象的でした。
参加者どうしで、「この花びらの中、のぞいてみた?」「ほんとだ、めしべの先が枝分かれしてる」
そんな小さな発見を分かち合うやりとりも、和やかに交わされていました。
ある参加者の方は、こう語っていました。
「年齢を重ねるにつれて、すべてのことにゆっくりと向き合えるようになった気がします。
花ひとつをじっくり眺めたり、空を見上げたりする時間が増えて。
それが、とても豊かなことだと感じるようになりました。」
自分のペースで、草木と向き合う。
そんなひとときを共有できる場として、この会はとても贅沢な時間だったように思います。

[写真解説]観察に用いられたサンプルセット。すべて長嶋さんが自ら採取したもの。

[写真解説]花の中をのぞきこむ参加者。まなざしはまるで研究者のよう。

[写真解説]歩きながらの会話にも自然と笑顔がこぼれる。
「身近な自然」とは何か
イベントの終わり、長嶋さんはこんなふうに締めくくられました。
「自然のことを覚えておく必要はないんです。何度でも出会い直せばいいんです」
その言葉は、自然観察が「記憶すること」でも「知識を得ること」でもなく、 毎回新たにその草木と出会い、自分なりの問いを持つ営みなのだと教えてくれたように思います。
このイベントを主催された「高齢者あんしん相談センター南大沢」の青山さんは、 ぶら散歩の会など他の地域活動でも、参加者の“学びたい気持ち”や“記録する喜び”をそっと支える姿勢が印象的な方です。
今回の草木ウォッチングでも、安心感と自由な空気が、青山さんらしいやさしさとして場に静かに広がっていました。
春の草花に囲まれながら、「見る」という行為の奥深さ、そして「知る」ことの自由さを、あらためて感じた一日でした。

文・写真:しみずことみ
次回の草木ウォッチング開催のお知らせ
今回ご紹介した「草木ウォッチング」は、2025年6月13日(金)にも第2回が開催予定です。
観察する草木も季節によって変化し、新たな発見がきっとあるはず。
ご興味のある方はぜひご参加ください。

■ 第2回 草木ウォッチング
日時:2025年6月13日(金)10:00〜12:00(9:45受付開始)
場所:長池公園自然館入口(東京都八王子市別所2-58)
講師:長嶋信子さん(森林インストラクター東京会)
主催:高齢者あんしん相談センター南大沢(担当:青山さん)
申込:042-678-1880(5月13日10:00〜受付開始)
定員:20名・先着順
雨天時:6月17日(月)に延期予定
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