由木の小さな歴史の痕跡を探しておさんぽ

谷戸と祈りをめぐる記録

越野日枝神社と田中稲荷── 裏山の祈りを歩く|東京都八王子市越野

文・写真 しみずことみ


所在地: 東京都八王子市越野
撮影日: 2025年12月


▲2025年9月に行われた祭礼の様子

夏祭りの日に訪れていた越野日枝神社。
あのとき境内は、人の声や太鼓の音で満ちていました。
今日の静けさを思うと、まったく別の場所のように感じます。

ふと地図を眺めていると、神社の裏の山に、小さな祠や稲荷が点在していることに気づきました。
まだ歩いたことのない道。
冬の入口の澄んだ空気の中で、ゆっくり訪ねてみたいと思いました。

神社は野猿街道から少し奥へ入ったところにあります。
知らなければ気づかずに通りすぎてしまうような場所です。
暮らしの音が遠くなり、森の気配が濃くなるそのあたりには、人が寄り添ってきた時間が、静かに積み重なっているように思えます。

▲マップアプリに記録した移動ルートと筆者のメモ

玉泉寺から歩きはじめる

▲玉泉寺の敷地内に佇むみまもり観音

玉泉寺は、越野日枝神社に寄り添うように建っています。
門の前に立つと、冬の光が鐘楼の屋根を静かに照らしていました。
そばのイチョウは、枝先にかすかに黄色を残し、季節の名残を伝えています。

境内には入らず、入り口に並ぶ双体道祖神や小さな祠を眺めました。
長い時間をここで過ごしてきた石の表面は、風や雨に少しずつ形を変えられ、その柔らかい表情に、どこか安心するような気持ちになりました。

細い通路を抜けると、越野日枝神社へ続く参道へ出ます。
木々の影が道の上にのび、ゆっくり揺れていました。

▲玉泉寺入口付近の道祖神

▲玉泉寺入口付近の祠


冬の参道を登る

▲越野日枝神社の鳥居

夏の終わりに催行された祭礼の折には、溶けそうなほど暑い中、息を切らしながら登った坂道です。
今日は風が冷たく、体が自然と前へ運ばれていくようでした。

季節が変わるだけで、感じる景色はずいぶんと違って見えます。
夏には重かった空気も、今はどこまでも澄んでいました。

境内に着くと、そこには誰もいませんでした。
スダジイの大木が、大地に深く根を張り、静かに境内を守っているように見えます。
枝を渡る風の音と、鳥の声だけが、遠くやさしく響いていました。

丘の向こうにはニュータウンの家並みが広がり、車の往来もあるはずですが、ここまでは届きません。
音のない時間の中で、ただゆっくり呼吸をしているような感覚になりました。

▲境内にあるスダジイの御神木


裏山へ続く道

▲落ち葉が厚く積もった道。この向こうに稲荷があるらしい。

拝殿の裏手に小さな山道が伸びています。
祭りの日には見逃していた道で、今回の目的でもありました。

山道に入ると、すぐに左右へ道がわかれていました。
左に進むと稲荷があると地図に示されていましたが、落ち葉が厚く積もり、足元が読めません。
一人で踏み込むには、少し心細さがあったので、無理をせず、今日は右の道へ進むことにしました。

こちらは、普段から人の手が入っているのか、きちんと落ち葉が避けてあり、とても歩きやすい道でした。
木々のあいだから差し込む光が、ぽつぽつと地面に広がり、その明るさに導かれるように、ゆっくり歩いていきます。

やがて、木々の奥に小さな稲荷の祠が見えました。
近づくと、それまでの静けさがさらに深くなる気がして、今日は遠くからそっと頭を下げるだけにしました。
いつかまた、あらためて訪れればいいのだと思いました。

▲右に進んだ道の様子。木の根が張り出しているが、道の状態は良く歩きやすい。

▲茂みの向こうに見える稲荷。


竹林の奥にひらける田中稲荷

▲竹林の様子。画像左フェンスの向こう側は帝京大学中学校・高等学校の敷地。

道はやがて竹林へと変わります。
竹がまっすぐ空へ伸び、風が通るたびに、かすかな擦れる音が重なっていく。
その音を聞いていると、この林の一部になったような気がして、自分が何者なのかを忘れてしまいそうになります。

そんなことを考えながら歩を進めていくと、不意に竹林の暗がりを抜けました。

その瞬間、視界が光に包まれたかと思うと、そこには田中稲荷の姿がありました。

やわらかな光が、社のまわりに静かに降り注ぎ、この場に人の気配はなく、風がひとつ通るだけで、景色が淡く揺らぎます。
その時間の中に立っていると、どこか違う世界に来たような錯覚にとらわれました。

由木を歩いていると、時々こんな場所に出会います。
名前のついていない記憶が、そっと心に残るような場所です。

▲薄暗い竹林を抜けた先に見えた田中稲荷。

▲正面から見た田中稲荷の様子。


山を下り、暮らしへ戻る

▲住宅地の路傍で出会った石仏と祠

田中稲荷を後にして山道を進むと、少しずつ住宅街の気配が近づいてきました。
ついさっきまで、竹林の奥にいたというのに、すでに身体は日常の音や気配を取り戻し始めています。

住宅街の路傍に、小さな祠と石仏が並んでいるのを見つけました。
長い年月のあいだ、人々の願いや祈りを受けてきたそれは、前に立つだけで、不思議と静かな気持ちになります。
特別な言葉は浮かばなくても、心が自然と落ち着いていくようでした。


玉泉寺へ戻る

そのまま道をたどると、玉泉寺へ戻ってきました。
ほんの短い時間の散策だったはずですが、ずいぶん長い旅をしてきたような感覚がありました。

季節の光や風、木々の音。
出会った祠や石仏の姿も、ゆっくりと心のどこかに沈んでいきます。

また季節を変えて歩いてみたいと思います。
今日見えた景色が、次には少し違って見えるかもしれません。
そんな余白を残しながら、家路へと向かいました。

▲玉泉寺の鐘楼とイチョウの木


裏山を歩いたこの日のことは、
記録としてまとめた記事とは別に、
引き返した道のことを中心に、noteにも書いています。

▶ note「引き返した道のはなし


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