由木の小さな歴史の痕跡を探しておさんぽ

谷戸と祈りをめぐる記録

天野薬師を訪ねて──谷戸と祈りをめぐる記録 | 東京都八王子市東中野

文・写真:しみずことみ

変わりゆく街と、そこに佇む薬師堂

八王子市東中野。
住宅地の中を進み、ふと坂を上がると、思いがけず昔ながらのたたずまいに出会いました。
「天野薬師」と呼ばれる小さな堂が、季節の移ろいとともに静かにそこに立っています。

辺りは住宅や畑、工事現場が入り混じる場所だが、不思議とこの場所だけは別の空気が流れているようでした。
訪れたのは晩秋。色づく木々と、実をつけたみかんや柿の木が、柔らかな光に包まれていました。

堂の前に立つと、背後の森と眼下の街並みが、まるで異なる世界のように広がっています。
どこか昔と今の境目に迷い込んだような、そんな不思議な感覚を覚えました。

2022.11.04 しみず撮影

2022.11.04 しみず撮影


そっと息づく祈りの場石碑

薬師堂は、古くから地域に根づく祈りの場所のようです。
かつては病気平癒や家内安全を願う人々が足を運んだというこの小さなお堂。
八王子の谷戸や集落には、こうした薬師堂が点在し、昔から人々の暮らしのそばにありました。

今は訪れる人も少なくなったのか、堂はひっそりと佇んでいますが、格子越しに見える薬師如来は、今もこの場所を静かに見守っているようでした。

私はそっと鈴を鳴らし、手を合わせます。祈るというより、ただこの静かな空間に身を委ねるように。
そうすることで、ここがかつて多くの人のよりどころだったことが、少しだけ実感として迫ってくる気がしました。


眼下に広がる「今」との対話

薬師堂から振り返ると、そこには新しい時代の風景が広がっていました。
整然とした住宅街、遠くには帝京大学の建物。頭上には送電線が何本も空を横切っています。
そして、その手前には今も営まれる畑。
近代と農の暮らしが交錯する、八王子らしい風景がそこにありました。

この場所に立ち、そんな景色を眺めていると、薬師堂が単なる遺構ではないことに気づきます。
時代が移り変わっても、ここで人々の祈りが続いてきたからこそ、この静けさが守られてきたのかもしれません。

2022.11.04 しみず撮影


小さな祠が伝えるもの

天野薬師は、派手さや華やかさなんてものはなく、有名な寺社でもありません。
しかし、こうした小さな場所こそが、地域に息づく歴史や人の思いを映し出しているのではないかと感じました。
過去を語りかけるように佇む薬師堂は、変わり続ける街の中で、確かに「そこにある」。

祈りとは、何か大きな力を求めるものばかりではない。
こうして日々の中でふと立ち止まり、静かに手を合わせる。
そんな営みの中にこそ、地域の記憶や人の優しさが息づいているのではないか──。
そう思いながら、私は堂を後にしました。

2022.11.04 しみず撮影

2022.11.04 しみず撮影

文・写真:しみずことみ


[追記]後に知った、田口家と天野薬師の記憶

後日、由木地域の記録活動を続ける中で、思いがけずこの場所について、地域の方から貴重なお話を聞くことができました。
2024年、由木の古くからの家のひとつである田口家の田口壽夫さんへのインタビューの中で、この天野薬師がかつて田口家と深い関わりを持っていたことが語られました。
壽夫さんによれば、かつては田口家の人々がこの薬師堂の掃除や管理を行ってきた時期があり、地域では「田口の薬師様」と呼ばれることもあったそうです。
この記事を書いた当時は知る由もなかった事実ですが、地域の暮らしと祈りの場所が、こうして身近な人々の手によって守られてきたことを後から知ることができたのは、記録を続けてきたからこその出会いだったのかもしれません。

→ あわせて読みたい
由木の手仕事と記憶──田口壽夫さんとメカイの話

2024年10月1日追記:文・写真 しみずことみ

2024.09.29 しみず撮影


所在地


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