由木の小さな歴史の痕跡を探しておさんぽ

体験と記録のアーカイブ

認知症サポーター養成講座に参加して──由木地域のこれからを考える | 高齢者あんしん相談センター南大沢 | 八王子市南大沢

文・写真:しみずことみ


会場:文教堂南大沢店 教室スペース(ガレリア・ユギ 5F)
主催:高齢者あんしん相談センター南大沢
受講日:2025年12月2日(火)13:30〜15:00


「由木の歴史」と聞くと、どうしても古い地名や古道、神社や祠、田畑や里山の風景を思い浮かべます。
けれど、多摩ニュータウンとして一斉に同世代が入居したこの地域では、いま進んでいる高齢化の流れも、たしかに「歴史の一部」になっていくのだと思います。

2025年12月、南大沢のショッピングセンターの一角で開かれた「認知症サポーター養成講座」に参加しました。
ここで学んだことは、由木のまちを歩きながら写真を撮っている自分にとっても、これから避けて通れない大切なテーマだと感じたので、記録として残しておきます。


本屋さんの一角でひらかれた小さな教室

会場は、ガレリア・ユギ5階にある文教堂の教室スペースで、席に着くと、机の上にはたくさんの配布物が並んでいました。

  • 高齢者あんしん相談センターのリーフレット
  • 認知症サポーター養成講座のテキスト
  • アンケートと受講票
  • 認知症カフェや家族会などのチラシ
  • 手作りのオレンジリング
  • いちょうのフェルトストラップ

オレンジリングは、認知症サポーターの“印”として配られるもの。
今日の講座のために、認知症の方が通うデイサービス「HYS Space」の利用者さんたちが、一本一本、ひもを切り、ビーズを通して作ってくれたそうです。
添えられた小さなメッセージには、それぞれ違う言葉が書かれていました。

「同じことを何回も聞くかも。でも許してね。」
「失敗しても笑わないでね」
「1日1回、大声で笑いましょう」

物理的なリングとしての存在以上に、その言葉と手ざわりに、すでにこの講座のテーマがにじんでいるように感じました。

そして、いちょうのストラップは、「八王子市シルバーフラット相談室 松が谷」に集う方々が、社会参加の一環として制作されているものだそうです。小さな手仕事の中に、地域で暮らす人たちの思いや活動が静かに息づいていることを感じました。


高齢者あんしん相談センター南大沢とは

講座のはじめに、高齢者あんしん相談センター南大沢の役割について説明がありました。

正式名称は「地域包括支援センター」。
主任介護支援専門員、保健師・看護師、社会福祉士といった専門職がチームになり、地域に暮らす65歳以上の方の相談を受ける場所です。
八王子市内にはこのセンターが21か所あり、専門職のほかにも生活支援コーディネーターや認知症地域支援推進員が配置されています。

南大沢のセンターが担当するのは、鑓水・鑓水二丁目、松木、南大沢一丁目〜五丁目、そして別所一丁目・二丁目。
自分が日頃歩く由木の地名が次々と並び、この地域の暮らしを支える窓口がこんな形で存在しているのだと、あらためて感じました。

講師の方がスライドで見せてくださったグラフには、このエリアの高齢化率が、2030年、2040年にかけて急激に上がっていく予測が示されていました。

ニュータウンのように、同じ世代が一斉に入居した地域は、高齢化も同じタイミングで一気に波のように来ます。
そう聞いて頭では分かっていたつもりでしたが、数字として目の前に出されると、由木の“これからの歴史”の重さを、あらためて実感させられました。


認知症って、どんな状態のこと?

続いて、テキストを開きながら「認知症とはなにか」という基本的な話へ。

かつては「痴呆」と呼ばれていた時期がありましたが、その言葉が持つ侮辱的なニュアンスや、病気の実態を正確に表していないことから、2004年に「認知症」という呼び方に改められたそうです。

認知症は、病名そのものではありません。
脳のさまざまな病気が原因となって記憶、判断、言葉、行動といった認知機能が低下し、日常生活に支障が出ている状態を指します。

更にテキストの説明に沿って、いくつかの特徴が紹介されました。

  • 記憶障害
    「食事のメニューを思い出せない」のではなく、「食事をしたこと自体を忘れてしまう」ような忘れ方。
  • 見当識障害
    日付や時間、今いる場所、自分がどこに向かっているのかが分からなくなること。
  • 理解・判断力の低下
    予定外の出来事が重なると、状況を整理するのが難しくなること。
  • 実行機能障害
    食事の支度など、段取りを組んで進めることが難しくなること。

こうした「中核症状」に加えて、不安やイライラ、妄想、迷子になってしまう行動など、周囲から見える「行動・心理症状(BPSD)」が現れることもあります。

講師の方は、「BPSDのほうは、関わり方や環境を整えることで、変化していく可能性があります」と繰り返し話していました。


「失敗する権利を奪わないでほしい」

印象に残ったのは、ある当事者の言葉を紹介してくださった場面です。

講師の方が、ご自身の「うっかりエピソード」を話してくれました。
自転車で出かけたのに、帰りはバスで帰ってきてしまい、自転車を置き忘れたこと。
その話をすると、周りの人は「疲れてるんじゃない?」「甘いものでも食べよう」と笑って心配してくれる、と。

「でも、同じことを認知症と診断された人がすると、『ほら、認知症だから』と言われてしまうことがあるんです」

そう前置きしたうえで、当事者の方のこんな言葉が紹介されました。

「失敗する権利を奪わないでほしい」

心配する気持ちから、
「迷子になるといけないから出歩かないで」
「お金を払うのが大変だから、買い物はやめよう」
と、生活を狭めてしまうことがあります。

けれど、それは本人にとって「守られている」というより、「できることまで取り上げられてしまう」感覚になることもある。

「認知症の人」ではなく、「○○さんが、認知症になっただけなんだ」という目線で見ること。

その重要性を、ゆっくりとかみしめる時間でした。


認知症サポーターとは

講座のタイトルにもなっている「認知症サポーター」の役割について、講師の方は、こんなふうに話していました。

  • 特別な資格を取って、何か大きな活動をしなければいけない人ではない
  • 認知症について正しく知り、偏見を持たずに温かく見守る人
  • さりげなく声をかけたり、困っているときに少し手を貸したりする応援者

講座を受けた人には、オレンジ色のリングやカードが渡されます。
これは、「認知症の人を応援します」という小さな宣言でもあります。

南大沢地域では、認知症カフェや認知症家族介護者の会など、認知症を通じて関わる場所づくりも進められています。
そこでは、認知症の当事者も、家族も、地域の人も、同じテーブルを囲んでお茶を飲み、話をします。

「支援する人」と「支援される人」ではなく、「それぞれにできることを持ち寄るパートナーとして」

講師の方のそんな言葉が、心に残りました。


当事者の「声」にふれる

講座の途中で、認知症とともに暮らす当事者の方たちの動画も視聴しました。

ワイン講座やマンドリン演奏を続けながら、「100歳までこれをやる」と決めている方の話。

若年性認知症の診断を受け、仕事や家事の役割が変わってしまいながらも、介護の仕事や仲間との活動を通して、生きがいを見つけている方の話。

印象的だったのは、「認知症になってから、楽になった」という言葉でした。
原因が分からないまま「自分がおかしいのでは」と苦しんでいた時期よりも、診断によって名前がついたことで、周りに助けを求めやすくなったということでした。

「できないことを支えてもらいながら、できることを続ける」
「支えてくれる人がいるから、自然に『ありがとう』と言える」

その言葉の一つ一つに、「人がどうやって自分の人生を続けていくのか」というテーマが浮かび上がっているようでした。


軽い体操から見えてくる「むずかしさ」の共感

講座の中盤では、座ったままでできる「コグニサイズ」という体操も行いました。
足踏みに合わせて数を数え、3の倍数のときだけ足を横に出し、さらにそのタイミングで拍手をしたり、反対側の手を上げたりする。

いざやってみると、これがなかなか難しく、部屋のあちこちから「できない〜!」という声や笑いが起こりました。

「同時に二つのことをする」「予想外の変化に対応する」ことの大変さを、自分の体でちょっとだけ体験してみる時間でもありました。

「できなくて当たり前です」と講師の方は笑っていましたが、こうした小さな体験が、「できないこと」を責めない感覚につながっていくのかもしれません。


「予防」という言葉のとらえ方

講座の終盤では、認知症の診断や治療、予防についての話もありました。

  • 一見、認知症のように見える症状のなかには、脱水や甲状腺機能の低下など、別の病気が原因で起きているものもあること。
  • 「最近少しおかしいな」と感じたときには、早めの受診をすることで、別の病気の発見や、認知症の進行をゆるやかにすることにもつながること。

そして「予防」という言葉についても、はっきりとした説明がありました。

「認知症にならない方法」はありません。
できるのは、発症のリスクを減らしたり、進行をゆるやかにしたりするための工夫です。

そのために大切なのは、

  • 血圧や糖尿病など、生活習慣病の管理
  • 無理のない範囲で体を動かすこと
  • 趣味や社会参加を通じて、人とつながり続けること

だといいます。

「今日ここに来てくださっている時点で、もう立派な予防です」との言葉に、会場から笑いがこぼれました。


由木のまちを歩くときの「視点」が少し変わる

この講座を受けながら、頭の片隅では、自分が日頃歩いている由木の風景を思い出していました。

古い道標が残る谷戸の道。
長いあいだ暮らしてきた人たちの家。
ニュータウンとして区画された団地。
そこにひっそりと立つ祠や道祖神。
神社のお祭りや神輿。

これから数十年のあいだに、由木地域は「高齢化が急速に進んだニュータウン」として語られるようになるかもしれません。
そのとき、この講座で学んだような取り組みや、人と人との支え合いも、まちの歴史の一部として思い出されるのだろうと思います。

そして何よりも、自分自身がフィールドワークの途中で出会う人たちとの距離感が、少しだけ変わっていくような気がしました。

たとえば、

  • 駅前で立ち止まって困っていそうな人を見かけたとき。
  • お金の支払いに時間がかかっている人を目にしたとき。
  • いつも同じ場所を行き来しているように見える人と出会ったとき。

「どう関わればいいか分からないから、見て見ぬふりをする」のではなく、今日学んだ「ちょっとした声かけ」や「そっと見守る」という選択肢を、自分の中にもっていられたらいいなと思います。


「誰もがなり得る」未来の中で

講座の最後に流れた、当事者のメッセージの中で、心に残った言葉があります。

「認知症は、恥ずかしい病気ではありません。
誰でもなり得る、他の病気と同じです。
失敗しても変わらない環境が必要です」

由木を歩きながら撮っている写真も、地域の祭りもすべて、そこに暮らす一人ひとりの営みがあって成り立っている風景です。

そのなかには、これからますます、認知症とともに暮らす人たちの姿も含まれていきます。

「認知症サポーターになったから」といって、特別なことができるわけではありませんが、

  • 正しく知ること
  • 偏見を手放すこと
  • できる範囲で、そっと手をさしのべること

その一つ一つが、この地域のこれからの歴史を、少しだけやわらかくしてくれるのかもしれません。

今日受け取った小さなオレンジリングを、カメラバッグのどこかにそっとつけておこうと思います。
由木のまちを歩くたびに、この日の学びを思い出せるように。

文・写真:しみずことみ


参考サイト


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由木ぶら散歩の会

高齢者あんしん相談センター南大沢と認定こども園せいびが共催し、由木地域の道をゆっくり歩いて楽しむ取り組みです。
私は写真アドバイザーとして活動に参加し、参加者のみなさんと一緒に、足もとにある小さな発見を写真に残すお手伝いをしています。

散歩の途中では、草木の名前を確かめたり、昔からある祠や道標に立ち止まったりと、由木の風景をていねいに味わう時間が流れます。

これまでの記録はこちらにまとめています。


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