文・写真:しみずことみ
2023年11月25日。
冷たい空気に身を包みながらも、雲間から差す日差しが少しだけ背中を温めてくれる、そんな朝でした。
この日私は、「八王子日本遺産2023年度秋・冬 歴史古街道ウォーク」に参加しました。今回のテーマは「山田の広園寺と、松姫がいた御所水の伝説古道」。案内してくださったのは、歴史古街道研究家の宮田太郎さんです。
集合場所の山田駅前に立つと、住宅街の中にひっそりと立つ札が出迎えてくれました。時の流れに包まれたようなその佇まいが、この日の道行きを象徴しているようにも感じられました。
古道の痕跡をたどる
歩きはじめてほどなく、私たちは広園寺の門前に立ちました。
この地には、武田信玄の娘・松姫が落ち延びた際、一時身を寄せたという伝承が残っています。山門に立つ仁王像は迫力に満ち、境内へと足を踏み入れると、静寂と凛とした空気が心に染み入りました。

▲仁王像の力強い眼差しが、かつての修行の気を今に伝えていました。

▲黄葉に包まれた禅堂。季節と共に変わる静寂がありました。
禅堂の周囲には、今も坐禅会が開かれているとのことで、修行の場としての広園寺の姿が今も息づいていることに驚かされました。
御所水という名の記憶
道中では、御所水と呼ばれる場所にも立ち寄りました。ここにはかつて、御所水弁財天や御所水如来が祀られていたといいます。「御所」とは、松姫に由来する呼び名とも言われており、信仰と記憶が交わる場所です。

▲地域の人々と共に、かつての湧水の記憶をたどりました。
現在では、川沿いの一角にその痕跡を伝える木の標柱が残るのみですが、その前に立ち、ガイドの宮田さんの話に耳を傾けると、不思議とこの土地が持つ奥深い時間の流れを感じました。
松姫の面影にふれる
その後、私たちは松姫ゆかりの寺である信松院を訪れました。
ここには、松姫の像が静かに安置されています。凛とした表情のなかに、どこか慈しみをたたえたその姿は、戦国の動乱を生きた一人の女性の人生を思わせるものでした。
講師の宮田さんが「松姫を知ることは、女性の視点で歴史を見直すことでもある」と語った言葉が、深く心に残りました。
終点にて — 暮らしと記憶の重なり
ウォークの終着点は、かつて八王子の織物業が栄えた地。資料室では、製糸産業が育んだ暮らしの歴史が展示されていました。
山に囲まれ、川が流れ、祈りと労働の積み重ねが重なり合ってきた八王子という土地。その厚みのある歴史を、私はあらためて感じることになりました。

▲かつての産業の記憶が刻まれた貴重な資料室
記憶のなかの古道を歩いて
この日歩いた道には、華やかさはありませんでした。
けれど、そのぶん静かで、語られぬままに残された記憶に耳を澄ます時間でもありました。
石碑や湧水の跡、祈りの場に息づく時間。それらは、Googleマップにも記されない、けれど確かに存在する「記憶の地図」のようでした。
日常へと戻る道すがら、私はふと、ひとりでこの道をもう一度歩いてみたいと思いました。
あの日感じた、心が少しだけ温まっていくような余韻を、もう一度確かめるために。
文・写真:しみずことみ

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