前日から降り続いた雪は、由木のまちを一夜にして白く包み込みました。
この日は初午の祭礼が予定されていましたが、雪のため行われることはありませんでした。
行事が行われなかったその朝、私は雪に覆われた南大沢を歩くことにしました。

初午の朝、雪の南大沢
2026年2月8日(日)
この日は、南大沢にある末廣稲荷大明神で初午の祭礼が行われる予定で、私も記録取材をさせていただけることになっていました。
しかし、前日から降り続いた雪は、朝起きる頃には街中を真っ白な雪景色に変えており、祭礼は総代が簡易的に済ませる形となり、事実上の中止となりました。
前日から「積雪がある場合は、取りやめの可能性もある」と連絡をいただいていたこともあり、当日の中止の知らせも、すんなりと受け入れることができました。
祭礼は、来年へのお預けです。

せっかくの雪景色なのだからと、私は小山内裏公園の大田切池と、南大沢八幡神社、その隣にある末廣稲荷大明神を巡る撮影散歩に出ることにしました。
道すがらの雪景色も撮りながら歩き、どこを切り取っても、目を離しがたい風景が続きます。
歩き慣れた道が、普段とはまったく違う姿を見せていました。
この日の雪は、さらさらとした粉雪で、歩くたびに足元から「きゅっきゅっ」と小さな音がします。

▲うずまき公園の様子
音の消えた街を歩く
家を出たのは9時過ぎでした。
外に出ても人の姿はまばらで、目の前の公園では、子どもたちが数人、雪だるまを作ったり、ただ雪の上を駆け回ったりしていました。
由木地域では、かつて数十センチの積雪があるのは珍しくなかったそうですが、今では雪が降ること自体が少なく、積もることはさらに稀です。
子どもたちは、慣れない雪景色の中で、興奮しながらも遊び方を探しているように見えました。

▲大田切池へとつづく遊歩道の桜並木
私はまず、小山内裏公園の大田切池を目指します。
遊歩道を歩いていても、すれ違う人はほんの数名。
信じられないほど街は静かで、耳の中では「シーン」という音が、かえってうるさく感じられるほどでした。
聞こえるのは、自分の衣擦れの音と、呼吸音だけです。
寒さは不思議と感じませんでした。
目に留まるものを、ただひたすら写真に収めながら、池へと歩いていきました。

▲水元橋の様子
大田切池の静けさ

大田切池に着くと、すでにいくつもの足跡が残っていました。
どうやら、この雪景色を見に来たのは、私だけではなかったようです。
池の前に立つと、その佇まいに心を奪われました。
池はいつも通り、ただ静かにそこにあるだけなのに、降り続く雪が水の温度を下げ、背後の森からあらゆる音を奪っていきます。

▲雪の森を背景に浮かび上がる大田切池の様子
樹々の枝は雪の重みで垂れ下がり、普段よりも樹高が低く見えるのは、目の錯覚でしょうか。
私は高ぶる気持ちを抑えるため、ゆっくりと浅い呼吸を繰り返しました。
目の前に広がる風景を受け止め、どう写真に残すべきかを考えながら、夢中でシャッターを切ります。
それでも本当は、写真など撮らずに、この森の一部になって、いつまでも池の様子を眺めていたかった。
そんな空気と時間が、心地よく流れていました。

メタセコイアの並木道へ
大田切池をあとにし、来た道を戻って東京都立大学南大沢キャンパスの方へ歩いていきます。
途中にあるメタセコイアの並木道が、雪に覆われた姿を、どうしても見てみたかったのです。

到着すると、そこはまるで別の世界へと繋がっているようでした。
この日は衆議院選挙の投開票日で、近くの中学校が投票所となっていましたが、それでも人通りは少なく、数少ない人間たちが、自然の顔色を伺いながら暮らしているように感じられるほど、異なる時間と空間が広がっていました。
私はひとつ呼吸をして、再びシャッターを切り始めます。
どうして、こんなにも心が落ち着くのか。
どうして、この場に留まりたいと思ってしまうのか。
自問しても、答えは見つかりません。
私は、この先にある今日の行き先へ向けて、また歩き出しました。

雪の中の時計塔
そのまま真っすぐ進むと、東京都立大学南大沢キャンパスがあります。
キャンパスの時計塔は、地元の人たちにも親しまれ、ひとつの象徴のような存在です。
その時計塔も、この日は激しく降り続く雪の向こうに、幻のようにうっすらと姿を見せるだけでした。
今この時間が現実なのか、夢の中なのか。
その境界を曖昧にするだけの存在感が、この塔にはありました。

時計塔を背に、南大沢駅の方を見ると、駅前から中郷公園へ向かって一本の大きな通りが伸びています。
駅前でありながら、人の往来は少なく、足元に気をつけながら、ゆっくりと歩く人々の姿が、景色に溶け込んで見えました。
車道へ降りるスロープを伝って下り、いよいよ南大沢八幡神社と末廣稲荷大明神へと向かいます。

雪に包まれた境内
思った通り、どちらの神社も、いつも通り静かにそこにありました。
しんしんと降り続く雪が、ひとつ、またひとつと積もり、社殿の屋根を真っ白に覆っています。
あまりの美しさに立ち尽くしていると、鳥居のすぐ脇に立つ高い木の枝から、落雪がありました。
粉をふったように雪が舞い、鳥居の姿を半分ほど隠してしまいます。
それでも境内には、ただ時間だけが流れていました。

参道の階段は滑りそうだったため、脇のスロープから境内に入ります。
そこに、一人分の足跡が残っていました。
どうやら、先客がいたようです。

境内に入ると、その姿はすでになく、音もありません。
神社の総代が様子を見に来たのか、毎日欠かさず参拝する人が、今日も同じ時間に訪れたのか。
それは分かりません。

ただ、その足跡は社殿の周囲をぐるりと囲むように残っていました。
もしかすると、社殿裏の祠にも足を運んだのかもしれません。
狛犬には厚く雪が積もり、前が見えないのではと心配になるほどでした。

行われなかった初午の前で
神社の裏の森から、また落雪の音が聞こえます。
あとは、自分の呼吸音だけ。
この街にひとり取り残されてしまったのではないかと思えるほどの静けさです。
誰もいない。
誰も来ない。
そんな確信が、なぜか私を安心させてくれました。

最後に、隣の末廣稲荷大明神、通称「稲荷さま」の様子も確認します。
本来であれば、この神社の氏子たちが集まり、境内を清め、初午の祭礼が行われるはずでした。
予定外の静けさの中で、稲荷さまも少し戸惑っているのではないか。
そんなことを思いながら、しばらく境内に立ち尽くしました。

音を奪う雪の中で
時折降る雪は、街を真っ白に変える代わりに、街中の音を奪っていきます。
それでも私は、この時間がなんとも心地よく、いつまでも続いてほしいと願いながら、帰路につきました。

