元日の朝。
吐く息が白く、空気がきんと澄んでいました。
由木のまちも、新しい年を迎えています。
けれど、その迎え方は、ひとつではありません。
同じ元日であっても、かつて谷戸や集落として息づいてきた地域ごとに、祈りのかたちは、少しずつ違っていました。
この日、私は五つの神社を巡りました。
急ぐことなく、比べることもなく、ただ歩きながら、そこで感じたことをひとつひとつ受け取るように。
2026年のはじまりに立ち上がった、由木各地の祈りの風景を、ここに書き留めておきたいと思います。

鑓水諏訪神社
神事とともに始まった元旦の時間

▲当日の境内の様子(鑓水諏訪神社)
最初に向かったのは、鑓水諏訪神社でした。
境内に足を踏み入れると、すでに神事の準備が整えられ、静かな緊張感が漂っています。
この日は、特別に元旦祭の神事の撮影許可をいただくことができました。
祝詞が奏上され、神前での所作がひとつずつ進んでいくたびに、時間がゆっくりとほどけていくのを感じます。

▲御神事の様子(鑓水諏訪神社)

▲直会用の御神酒(鑓水諏訪神社)

▲獅子舞の奉納(鑓水諏訪神社)
神事のなかでは、獅子舞の奉納も行われました。
以前、春の大祭で目にして以来ずっと気になっていた、赤い鶏の舞を披露していた方にも、直接お話を伺うことができました。

▲春の大祭で披露されていた鑓水囃子連オリジナルの演目「鶏(にわとり)」(鑓水諏訪神社) ※2025年5月撮影

▲新しくなった旧宮の覆屋(鑓水諏訪神社)
またこの日は、旧宮の覆屋の竣工報告祭も兼ねていました。
新しく整えられた覆屋の下で迎える新年。
建物の変化は、人の手がつないできた時間の証でもあります。

▲拝殿の天井絵(鑓水諏訪神社)
拝殿の天井絵を見上げながら、ここで幾度となく繰り返されてきた「年のはじまり」に、自分もそっと連なったような気がしました。

上柚木神明神社
見晴らしの良い境内で聞いたお話
次に訪れた上柚木神明神社では、ちょうど神事の準備をしているところでした。

▲柚木街道から入った丘の上にそびえる上柚木神明神社

▲拝殿の様子(上柚木神明神社境内)
おかげで、境内で出会った氏子の方と話をすることができました。
「前の修繕のときには、私の父親が、境内の末社のお社を造ったんです。そして今回は、私が造りました。」
そう話すその方は、親子二代にわたって、この神社の修繕に関わってきた人でした。

▲1年前に訪れた時には見られなかった権現神社(上柚木神明神社境内)

▲周りのトタンが新調されている(上柚木神明神社境内)
昨年、修繕が入る前にはなかった末社が、境内に二箇所、あらたに姿を見せていました。
その制作と修繕にも、ご自身が関わっているのだと教えてくれました。
世代をまたいで受け継がれていく手仕事。
地域の中で大々的に語られることはありません。
けれど、こうした積み重ねがあるからこそ、今年もこの場所で、新しい年が迎えられているのだと感じました。


▲修繕された灯籠。1年前に訪れたときにはどちらも地震で崩れていた。(上柚木神明神社境内)

▲神社拝殿前からの眺望(上柚木神明神社)
上柚木愛宕神社
神輿とお囃子と共に迎える新しい年

▲元旦当日の様子(上柚木愛宕神社)
上柚木愛宕神社に着いたのは、初詣にはまだ少し早い時間でした。
境内に人の姿は多くなく、それはたまたま、時間帯によるものだったのだと思います。

▲初詣に訪れる人々(上柚木愛宕神社)
囃子連の会長が急逝されてから、まだ日が浅い時期ではありましたが、囃子連の方たちは、それでも前を向こうとしていました。
「あの人は、しんみりしてるのが好きじゃない。
だから、元気にやろう」
そう言って、お囃子を奉納・披露されていました。

▲上柚木囃子連奉納(上柚木愛宕神社)
その言葉を胸に抱きながら境内に立っていると、それでもなお、自分の胸の奥に、言葉にならない揺れが残っていることに気づきました。
夏の祭りで、神輿の担ぎ方を教えてくださったこと。
私の活動を、「大したもんだ」と、豪快な笑い声とともに背中を押してくれたこと。

▲お披露目されている神輿(上柚木愛宕神社)
その記憶が、まだ自分の中で、きちんと整理できていないだけなのだと思います。
境内の空気が寂しかったわけではありません。
囃子連のみなさんの表情が沈んでいたわけでもありません。
ただ、新しい年を迎えるこの場所に立ったとき、ひとりの人を失ったことを、あらためて実感してしまったのは、私自身の側の出来事でした。

別所日枝神社
静けさと日差しのなかの初詣

▲元旦当日の様子(別所日枝神社)
別所日枝神社は、お囃子の音はありません。
その分、境内はとても静かで、冬のやわらかな日差しが差し込んでいました。
不思議なほど穏やかで、寒さよりも、ぬくもりを感じます。

▲初詣のために並ぶ人々(別所日枝神社)
お参りのあと、甘酒の振舞いをいただきながら、町会や自治会の人手不足の話を聞きました。
祈りのあとに交わされる、こうした何気ない会話もまた、地域の現実であり、暮らしと地続きのものなのだと思います。

南大沢八幡神社
変わりながら続いていく元旦祭

▲元旦当日の境内の様子(南大沢八幡神社)
この日の最後に訪れたのは、南大沢八幡神社でした。
氏子でもある私にとって、ここは「帰ってきた」と感じる場所です。
いわゆる「新住民」である我が家を、氏子として迎え入れてくださったのは、今年度からのことでしたので、新人氏子として、初めての元旦祭です。

▲神事の様子(南大沢八幡神社)
神事が始まり、境内には多くの人が集まっていました。
参拝の列は長く連なり、隣の稲荷社にも、足を止めて手を合わせる人の姿があります。

▲南大沢八幡神社お隣の稲荷社にも列ができている(末廣稲荷大明神)
お囃子の演目は、夏祭りとは異なる「えびすと大黒」「餅つき」が加わります。
囃子連には若い担い手も増え、新しい法被もお披露目されていました。

▲南大沢囃子連による「えびすと大黒」(南大沢八幡神社)

▲南大沢囃子連による「餅つき」(南大沢八幡神社)

▲南大沢囃子連の新しい法被(南大沢八幡神社)
黄色から鶯色へと変わった法被の色は、受け継ぎながら、少しずつ更新されていくことを静かに物語っていました。
新調された大きな鈴は、まだ光を放ち、巫女さんの姿も境内にありました。

▲昨年末に新調された鈴(南大沢八幡神社)

▲お守り授与所には巫女さんの姿(南大沢八幡神社)
変わっていくものと、変わらずに続くもの。
その両方を抱えながら、元旦祭は、今年もここで行われていました。

五つの神社を巡って

▲境内を自由に躍動する獅子舞(鑓水諏訪神社)
同じ元日であっても、祈りの風景は、これほどまでに違っていました。
賑わいも、静けさも、神事も、会話も。
そのすべてが、由木という土地で続いてきた年のはじまりの姿です。
2026年の最初に、こうして歩き、見て、感じたことを、まずはこの一篇にまとめました。
各神社の元旦祭については、今後あらためて、一社ずつ、時間をかけて書き留めていく予定です。
本年も、由木のまちを歩きながら、祈りと暮らしの風景を、静かに記録していきたいと思います。
写真・文:しみずことみ

