写真・文：しみずことみ
ふと足を踏み入れた、時の止まったような空間
八王子に転居して間もない頃のことです。近所の教育センターに用事があり、その帰り道、偶然目に入ったのが廣園寺でした。まだ土地勘もなく、どこに何があるのかも分からない中、不安と探求心が入り混じる日々。そんな私の心を、廣園寺の山門は不思議な静けさで満たしてくれました。
門をくぐると、深く澄んだ空気があたりを包み、風にそよぐ木々の葉音だけが静かに耳に届きます。立ち止まり、ただ身を委ねてその空間にたたずむ時間は、まるで時が止まってしまったかのようでした。
［写真解説］堂々たる姿で佇む廣園寺の山門。境内の奥へと続くこの門は、訪れる人を静謐な時間の中へと導いてくれる。長い年月を経てなお美しく保たれた佇まいは、禅宗寺院としての格式と、地域に根ざす祈りの深さを物語っている。
歴史の重みと、美しい佇まい
廣園寺は、東京都指定有形文化財にも登録されている由緒あるお寺です。境内に立つ建物や石碑、点在する仏像や石仏の数々が、この場所が長い時の中で多くの人々の祈りを受け止めてきたことを、静かに物語っています。
特に山門の厳かな姿と、それを囲む木々のたたずまいには目を奪われます。苔むした樹木、柔らかな光が差し込む境内。そこにある風景は、日常からふと離れた場所へ私たちを誘ってくれるようです。
廣園寺は中世、禅宗の中国古典『無門関』を日本で最初に開版した寺としても知られています。現在、岩波文庫から出ている『無門関』も、この廣園寺版が底本になっているといいます。
また、この寺は鎌倉の長谷寺と同様に、禅宗の道場でもあります。今も修行僧が暮らしており、指導者を含めて皆、妻帯はしていません。その厳かな雰囲気が境内に漂う空気の緊張感ともどこか通じているように感じられます。
境内の一角には、南大沢・清水入谷戸の田中さんが寄進された宝篋印塔もひっそりと佇んでいるそうです。これは一般の方は入れない場所にあるとのことですが、檀家とのつながりが今も深く残されていることを物語る一例といえるでしょう。
［写真解説］境内の奥、木立に包まれるようにひっそりと佇む鳥居と小さな社。整えられた植栽と苔むした地面が、廣園寺の静謐な空気を一層引き立てる。木漏れ日のなか、祈りの気配がゆっくりと満ちていく。
［写真解説］境内に差し込む朝の陽射しが、青もみじを透かして輝く。奥には本堂の屋根が静かにたたずみ、季節の移ろいとともにある祈りの風景が、やわらかく広がっていた。
由木地域と比較して気づく「祈り」の形
私が日々記録している由木地域では、神社や道祖神、庚申塔など、生活に寄り添うように祈りの場が点在しています。それらは素朴で、日々の暮らしと深く結びついた小さな祈りのかたちです。
一方で、廣園寺のような寺院は、どこか荘厳で、訪れる者を静かに包み込む重厚さを持っています。けれども、その根底にあるものは、どちらも変わりません。自然とともに暮らしながら、折々に手を合わせ、静かに祈る——そんな営みが今もなお、それぞれの地に息づいているのです。
谷戸の風景に育まれた祈りと、深い木立に抱かれた廣園寺の静けさ。異なる場所を歩きながら、地域ごとの「祈りのかたち」を見つめることで、祈りの普遍性と、土地に根ざす文化の豊かさに気づかされます。
［写真解説］杉木立の静けさの中に佇む石仏群。風雨にさらされながらも、今なお穏やかな表情でこの地を見守り続ける。祈りの痕跡が、時を超えて静かに息づいていた。
［写真解説］幹に苔をまといながら、静かに広がる廣園寺の古木。風雪に耐えてきたその姿は、この地の記憶を語るように、今も境内に深い陰影を落としている。
また訪れたくなる、大切な場所
はじめて訪れた日から10年以上が経ち、私は由木地域の記録活動を続けています。けれど廣園寺は、今でもふと立ち寄りたくなる特別な場所です。季節ごとに表情を変える境内の風景は、訪れるたびに「あの日」の感覚を静かに呼び起こしてくれます。
日々のフィールドワークから少し離れた「番外編」の記録ではありますが、この寺を訪れた経験は、私にとって大きな学びとなりました。地域を越えて「祈りと風景」を見つめていくこと。それは、由木をより深く理解するための、大切な手がかりなのかもしれません。
由木の外を歩くことで、内にあるものがより鮮明に見えてくる——。そんな記録も、これからの私の活動の一部として、丁寧に積み重ねていきたいと思います。
写真・文：しみずことみ
［写真解説］木立の奥にほのかに浮かぶ彼岸花の赤。薄暗い境内に差し込む光の中で、季節の移ろいと静けさが交差する、一瞬の風景。
本記事は、「谷戸と祈りをめぐる記録」シリーズの番外編として、八王子市内の記録撮影の一環で訪れた廣園寺の様子をまとめたものです。地域の祈りと風景の違いを知る材料のひとつとして、今後もエリアを越えた記録もあわせて紹介していきます。