文・写真:しみずことみ
由木の記録を始めて1年。新たな学びへの扉が開かれた日
由木の地域のことを知りたくて、やみくもに史跡などを歩き始めてから、およそ1年が経った頃のことでした。
2023年11月9日、生涯学習センター南大沢分館で開催された講演会「由木の暮らしの今むかし〜地域コミュニティと伝統行事〜」拝聴しました。
講師を務めたのは、元八王子市郷土資料館長であり、長年にわたって由木地域の歴史を見つめてこられた佐藤広さん。この講演は、のちに「由木ぶら散歩の会」の活動を通して再びご一緒させていただくことになる佐藤さんとの、最初の出会いでもありました。

2022.07.20 しみず撮影
「大沢」と呼び続ける場所の記憶
講演の冒頭、佐藤さんはこんなふうに語られました。
「私は今でも、このあたりを“南大沢”ではなく“大沢”と呼んでしまうのです」。
かつてこの地域は「大沢村」と呼ばれており、明治期の町村制施行を機に「南大沢」という新たな地名が生まれました。けれども、長くこの地に暮らす人々のあいだでは、今もなお「大沢」の名が口にされ続けています。
地名の変化に、人の記憶が重なる。そうした日々の積み重ねの中で、土地の歴史が静かに息づいていることを教えてくれるエピソードでした。

2022.07.20 しみず撮影
由木の村と人々の営み
江戸時代はじめ、由木地域を含むこの一帯の村々は、「村切り」と呼ばれる政策によってその境界が定められ、年貢を納めるための行政単位としての役割を担っていました。
けれども、そうした制度の枠組みのなかにも、さらに長い時間をかけて育まれてきた暮らしがありました。山のかたちや水の流れに寄り添うように形成された集落では、人と人とのつながりこそが生活の基本でした。
文化10年(1827)に幕府が設置した「寄場組合(よせばくみあい)」と呼ばれる地域間の協力体制も、そうした背景から生まれたものです。これは治安維持のための仕組みでしたが、隣り合う村々が手を取り合い、助け合いながら日々の暮らしを支え合っていたことの証でもあります。
佐藤広さんは、こうした地域の構造について、現代の八王子市における高尾警察署・八王子警察署・南大沢警察署の担当区域の違いにも似た感覚があると語ってくださいました。
時代が変わり、制度や仕組みがどれほど移ろっても、人々のあいだに息づく絆や信頼のかたちは、形を変えながらも静かに受け継がれてきた——。その思いを、記録という形に留めておきたいと、あらためて感じるお話でした。

2022.07.20 しみず撮影
変わりゆく風景の中で
やがて時代は、昭和から平成、そして令和へと移り変わっていきます。
とりわけ多摩ニュータウン開発以降、由木地域の風景は大きく姿を変えました。田畑や里山は整然とした街区へと生まれ変わり、かつての暮らしの面影は少しずつ地図の上から消えていったようにも見えます。
それでも、神社や石仏、谷戸の地形、道に残された名前など、あの時代の痕跡は今も確かに私たちの足元に残されています。
「歴史や文化は消えない。静かに土地に息づいている」——佐藤さんのこの言葉は、私が普段歩きながら見つめているものたちの意味を、あらためて問い直すきっかけになりました。
日常に埋もれた風景の中に、小さな祈りのかたちや記憶の断片を見つけていくこと。それはきっと、これからの私たちがこの土地とどのように向き合っていくかを考える、大切な手がかりなのだと思います。

2022.07.20 しみず撮影
点が線になる瞬間
「点と点がつながり、やがて線になっていく」
講演の最後に佐藤さんが語ったこの言葉が、今も耳に残っています。
ふと足を止めた場所で写真を撮る。気になった景色に目をとめる。そして、その風景を記録する。そんな日々のささやかな営みが、やがてこの土地の記憶を照らし出し、見えなかったつながりを少しずつ浮かび上がらせてくれます。
歩くこと。見つめること。記録すること——
それらは一つひとつでは何気ない行為に思えるかもしれません。でも、それらが折り重なって線になるとき、初めて地域の物語が輪郭を持ちはじめるのだと感じます。
私自身もまた、その歩みの途中にいます。
由木という土地に出会い、歩き、写真を撮り、言葉を綴っていくなかで、この地域の歴史が少しずつ私のなかにも根を下ろし始めているのを感じています。
だからこそ、佐藤さんの言葉は、記録者としての原点に静かに立ち返らせてくれるものであり、これからもこの歩みを続けていこうという意志を、あらためて胸に刻ませてくれるものでした。

2024.05.08 しみず撮影
そして、この出会いが次の一歩へ
この日の講演は、私にとって由木という場所をより深く知るための、大きなきっかけとなりました。地域に残る歴史や人々の記憶に出会い、それをどう記録し、伝えていくかを考えるひとつの始まりだったのだと思います。
そして何より、この出会いをきっかけに「由木ぶら散歩の会」の活動の中で、再び佐藤広さんとご一緒する機会を得たこと。その後の歩みへとつながっていく縁のはじまりを、今もあたたかく思い返します。
何度でも振り返りたくなるような、そんな時間でした。
文・写真:しみずことみ

2024.06.17 しみず撮影
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