由木の小さな歴史の痕跡を探しておさんぽ

谷戸と祈りをめぐる記録

天野三社──森の奥、静謐の異界へ | 東京都八王子市東中野

文・写真:しみずことみ

2022年11月。
この頃の私は、まだ「由木」という地域さえも曖昧にしか理解していませんでした。八王子と多摩市の境界も、地図上でなんとなく見知っているだけ。
だからこそ、私は境界線の感覚を掴もうと、自転車で行ける場所を片っ端から巡る日々を送っていました。

そんなある日、Googleマップの中にぽつんと現れた「天野三社」という名前。
神社のようです。何があるのかはわかりません。でも、記録のきっかけには十分な情報でした。

2022.11.04 しみず撮影


畑の先、森の入口に立つ朱の鳥居

現地に着くと、畑の奥に森がぽっかりと口を開けていました。
まるでそこだけ異世界への入り口のように、ぽつんと立つ朱の鳥居。その先は昼間でも薄暗く、少しばかり足がすくむような静けさに包まれています。
とはいえ、来たからには引き返すわけにもいきません。私は畑の脇に自転車を止め、鳥居をくぐります。
その瞬間、空気が変わりました。
ひんやりとして澄んだ空気。音も、街の喧騒から切り離されたかのように、ただ鳥の声と木々の葉擦れだけが耳に届きます。

2022.11.04 しみず撮影


竹林に守られた小さな社と石碑

進んだ先には、小さな社が静かに佇んでいました。
見上げれば、周囲を囲むのは立派な木々と竹林。神社というより、森そのものが祈りの場のような、そんな感覚すら覚える場所です。
社の横には、いくつかの石碑が並んでいました。年月を経て苔むし、刻まれた文字は読みづらくなっていましたが、江戸時代の年号が見えるものもあります。
これらは、かつてこのあたりに点在していた小祠や石塔を、後にこの場所にまとめて祀ったものではないかと思われます。
天野三社という名が示すように、元々は三つの神を祀っていたのかもしれませんが、詳細は不明です。
ただ、この場所に立つと、時を越えて積み重ねられた祈りの気配だけは、確かに感じ取ることができます。

2022.11.04 しみず撮影

2022.11.04 しみず撮影


祈りの場として、今も静かに

鳥居を背に、振り返ってみます。
そこには、行きとは逆に、明るい畑と住宅地が広がっていました。たった数歩の違いなのに、森の中と外ではまるで別世界のようです。
神社の由緒や祭事などはあまり知られていません。
しかし、こうした場所が人知れず地域に残り続けていることそのものが、かけがえのない歴史だと感じます。
私にとって天野三社は、「由木」という地域を意識し始めた原点のひとつとなった場所でもあります。
あの日の空気と静けさは、今でも時折、思い返すこともある。そんな不思議な空間でした。

文・写真:しみずことみ

2022.11.04 しみず撮影


【追記】後に知った、田口家と天野薬師の記憶

記事を執筆した2022年当時、この場所について詳しいことはあまり分からず、ただ静謐な空気だけを記憶に残していました。
ところがその後、2024年の田口壽夫さんへのインタビューで、この天野三社もまた田口家とゆかりがあることがわかりました。
かつて田口家の人々は天野薬師と同様に、この三社の管理や掃除などにも関わってきたそうです。
地元の方々の語りから、こうした小さな神社や祠もまた、地域の中で人々によって静かに守られてきた場所だったことを、あらためて知ることができました。

→ あわせて読みたい
由木の手仕事と記憶──田口壽夫さんとメカイの話
かつての祈りと、今もそこにある場所──天野薬師を訪ねて

2024年10月1日追記:文・写真 しみずことみ

2024.09.29 しみず撮影


所在地


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